根源的な存在の否定から生まれた行動力(2) 〜福島の里山で育った幼少期〜

私が、自己の存在意義を考え始めたのは高校生になってからだ。

その前段階として、生まれ育った環境が大きく影響していると考えている。

 

一つは、自然環境。


私が0歳の時に、

私たち家族は福島県会津地方の山都町(現:喜多方市)という小さな町に移住した。

私はそこで、中学校卒業までの15年間を過ごした。

 

当時の人口が4,000人弱で、信号がひとつしかない小さな田舎町だったが、

私たちはその中でも山奥の里山で暮らしていた。

 


里山は、子どもたちにとっては十分な遊び場であった。

私は木に登るのが大得意で、面白そうな木を見つけては、ひょいひょいと登っていった。

大好物のアケビの木はツル性で、私はその木に登ってはサルのようにぶら下がり、実を食べて喜んでいた。

 

 

夏は、父の農作業の手伝いで、朝4時前に起こされ、トマトやメロンの収穫、誘引などを手伝っていた。
朝起きる時は眠くて眠くて苦痛で仕方がなかったが、一度起きてしまうと、朝の空気はとても清々しく気持ちが良かったのを覚えている。

 

会津の雪は深く、11月末から4月まで積雪があった。

 

多い年は2メートルほどの積雪で、大人たちは除雪に頭を悩ませていたが、子どもたちは毎日外で雪遊び。

スケート、犬ぞり、スキー、かまくら作り・・・なんでも家の前でして遊んでいた。

 

長い冬が終わるとやってくる、春。

 

 

全身の細胞が生まれ変わるのを感じるように、新たなエネルギーで満ち溢れ、春の訪れはなんとも言えず、ほんとうに気持ちが良かった。

自然の中で暮らしていると、季節の訪れは五感で感じるようになる。

 

 

初春のはじまり、春、初夏、夏、夏まっさかり、

そして秋の足音、冬の訪れ・・・というように、それぞれの季節を全身で感じていた。

 

 

「今日、春のにおいがしたよ!」

 

「雪が降りそうなにおいがしたから、もうすぐだね」

 

という会話は、私たちの中では当たり前だった。

 

 

高校生から故郷を離れて気がついたことは、

自然の豊かな恵みと、抱擁力に包まれて育ったということ。

 

 

自然は、私のようなちっぽけな人間も、ありのまま受け止めてくれている。

 

人間の社会でよくある、批判や評価というものはなく、

そこに、ともに存在してくれていることは、至上の心地よさだった。

 

 

自然の恩恵を享受しながら幼少期を過ごせたことは、

何よりもの財産であると思う。

小川美農里
堆肥づくりのため、桜の落ち葉を集めている